上手に泳ぐカギは水中で自分の身体を知ることだった ~スイマーの優れた身体位置覚とそのメカニズムを解明~

佐藤大輔教授(健康スポーツ学科,スポーツ生理学Lab,運動機能医科学研究所)らの研究論文が国際誌Behavioral Brain Research(オランダ)に掲載されました!

 

上手に泳ぐカギは、水中で自分の身体を知ることだった

~スイマーの優れた身体位置覚とそのメカニズムを解明~

 

わたしたちの研究グループでは、「人はなぜ泳げるのか?泳げるようになるとはどういうことか?」という疑問を明らかにするため、研究を進めてきました.そんな中、今回の研究では、泳げる人(水泳選手)は、水の中でも陸上と同じように自分自身の身体の位置を理解できており(身体位置覚)、そのことが「華麗な泳ぎ」を生み出していることが分かりました.

 

研究成果のポイント(図1)

  • 様々な環境で身体位置覚を調べることのできる機器を作成し、スイマーが上手に泳ぐためには、自分の身体位置を正確に掴むことが一つのカギであることを見出しました.
  • スイマーが、水中でも陸上と同じように身体位置を正確に掴むことができる背景には、大脳皮質にある一次運動野の神経抑制機能の強化が関与していることが分かりました.
  • 「泳げる人が水中環境でも自身の身体位置を正確に把握できている」という本研究の成果は、学校での水泳教育カリキュラムや水泳選手の育成プログラムに応用可能です.

 

図1.水泳選手の華麗な泳ぎのカギ

 

研究の背景

「Science of Swimming(水泳の科学)」(Counsilman 1968)という泳ぐことの教科書が発刊されて以来、「なぜ水泳選手が華麗に、優雅に水中を泳げるのか?」という疑問に対し、多くの研究が進められてきました.これまで、水泳選手を対象に、動きを分析する研究、呼吸やエネルギー代謝など生理学的な違いを調べる研究、水の流れを調べる研究が主に行われてきました.しかし、「なぜ、泳げるのか?」という本質的な疑問を解決することはできていませんでした.

また、従来の研究は、その成果を「島国・日本における水泳教育」という現場に還元することは難しく、1955年の紫雲丸事故を契機に水泳教育を発展させてきたわが国の歴史を考えると、水泳を学ぶことに関する研究が望まれていました.これまでの研究成果において、水泳選手が、水と触れることによって得る感覚情報をもとに、自身の身体を制御していることが示されています.つまり,「泳げる人が、脳内で得られた情報をどのように活用し、泳ぐことにつなげているか?」、言い換えると、『水泳選手の身体知』を明らかにすることができれば、新たな視点での水泳教育も進むと考えました.

そこで、わたしたちの研究グループでは、水中での脳の働きを調べる研究を進めてきた強みを生かすとともに、様々な環境で身体位置覚を調べることのできる機器を作成し、水泳選手が華麗に泳ぐことのできる理由を調べました.

 

研究内容と成果

本研究では、水泳選手の華麗に泳げる理由を明らかにするために、陸上環境でも水中環境でも人の身体位置覚(自分自身の身体の位置や動きを察知する感覚)を計測できる特殊な機器を開発し、水泳選手の身体位置覚を評価しました.特に、泳ぐための推進力を生み出す際に重要となる手関節の位置覚に注目しました.今回の実験では、まず始めに、対象者に3種類の手関節角度を記憶してもらい、その後、指定された角度にどの程度正確に手首を曲げることができるかを評価しました(図2).

 

図2.身体位置覚を計測する課題

指示された角度に手首を曲げ、どの程度正確に曲げることができるかを計測します.合計で30回実施し、指示された角度とのズレの平均値から身体位置覚を評価しました.

 

その結果、水泳選手は、水の中でも、陸上環境と同じように自分自身の身体位置を理解していることが分かりました(図3).また、水泳を専門的に実践した経験のない人(非水泳選手)と比べて、手関節の位置覚が、環境に関わらず(水中でも陸上でも)、優れていました.つまり、水泳を長きにわたりトレーニングしていくことで、水中という特別な環境においても自分の身体を正確に理解できるようになり、その影響は陸上環境にまで波及する可能性があることが分かりました.

 

図3.水泳選手とそうでない人の身体位置覚

【結果①】 灰色(■)で示した水泳選手は、陸上・水中環境に関わらず、高い身体位置覚を有していることが分かります.一方で、白色(□)で示した非水泳選手は、水中に入ると、著しく身体位置覚が悪くなっています.【結果②】どの環境でも、灰色(■)の水泳選手の方が、白色(□)の非水泳選手と比べて身体位置覚が高いことが分かります.

 

次に、この水泳選手の優れた身体位置覚の理由を探るために、脳の前頭葉にある一次運動野の神経活動を、経頭蓋磁気刺激法という手法を用いて調べました.一次運動野は、私たちが運動するための指令を出す脳領域で、運動技能の獲得と深い関係があることが知られています.特に、一次運動野における神経活動の抑制と興奮のバランスが重要であることが分かっています.今回の実験では、このバランスを評価することのできる2連発経頭蓋磁気刺激法という手法を用いて、水泳選手が水中でも陸上と変わらない身体位置覚を実現できる理由を調べました(図4).

 

図4.2連発経頭蓋磁気刺激法

図のように、八の字型の刺激コイルを一次運動野に当て、脳を外部から刺激します.脳を刺激すると、対応する筋において、右図のような反応がみられます.一発刺激をした場合と、二発刺激をした場合を比べると、二発刺激をした場合の方が、反応が小さい(抑制されている)ことが分かります.この抑制の程度によって、抑制性の神経活動を評価することができます.

 

その結果、水泳選手では、水の中に手を浸けると、抑制性の神経活動が高まる一方で、非水泳選手では、抑制性の神経活動が弱まるといった全く逆の反応を示すことが分かりました(図5).これは、水泳選手が、本来であれば水に入ることで弱まる抑制性の神経活動を、強化させることで、正確な身体位置覚を実現している可能性を示しています

 

図5.一次運動野の抑制機能の変化

【結果】 灰色(■)で示した水泳選手は、陸上・水中環境に関わらず、抑制機能を強化させていることが分かります.一方で、白色(□)で示した非水泳選手は、水中に入ると、著しく抑制機能が低下しています.

 

これらの結果から、水泳選手の華麗な泳ぎには、水の中でも一次運動野の抑制機能を強化し、自分自身の身体の位置を理解することが関係している可能性があります

 

今後の展開

上記のように、水泳選手は水の中での脳活動を無意識で調節し、「自分自身の身体位置を把握する」ことで、華麗な泳ぎを実現している可能性があります.この結果から、泳げるようになるカギは、水の中でも陸上環境と同じように、「自分の身体位置を把握すること」にあると考えています.本来、水泳選手や泳げるようになりたい人は、水の中でトレーニングをすることで水泳の技術を身に付けていきますが、中にはトレーニングを繰り返しても上手にできない人や、泳ぐことが怖い人もいます.本研究で用いた、「身体位置覚を計測する課題」を応用し、水泳教育の現場や水泳指導のプログラムとして取り入れていくことで、上述の問題点を解決し、効率的に「速く泳ぐ」「泳げるようになる」といった目標を達成することができるかもしれません.

また、私たちは、「自分自身の身体位置を把握する」ために膨大な情報を脳内で処理しています.今回の研究では、一次運動野という特定の領域に焦点を当てて調べましたが、水泳選手の方が手関節の位置覚が優れている理由までは言及できませんでした.今後は、自分自身を感じることと強く関連することが指摘されている脳領域の活動についても検証していく予定です.また、今回調べた身体位置覚の成績と競技レベルとの間には関連性が見られなかったことから、今後は競技レベルと関連のある指標の探索にも力を入れていき、競技レベル向上にも貢献していきたいと考えています.

 

掲載論文

【題名】Elite competitive swimmers exhibit higher motor cortical inhibition and superior sensorimotor skills in a water environment.

(エリートスイマーの運動野抑制と優れた感覚運動技能)

【著者名】Daisuke Sato, Yudai Yamazaki, Koya Yamashiro, Hideaki Onishi, Yasuhiro Baba, Koyuki Ikarashi, Atsuo Maruyama

【掲載誌】Behavioural Brain Research 2020;395:112835. doi: 10.1016/j.bbr.2020.112835